医療人百科

INTERVIEW

じっくりコツコツと

甲斐 達也

医療法人甲翔会 かい内科クリニック 院長 甲斐 達也

略歴

1992年近畿大学医学部を卒業。近畿大学病院第一内科にて初期研修後に大学院へ進学。卒業後は堺市内の総合病院にて勤務後、近畿大学医学部高血圧・老年内科講師を経て2009年に済生会富田林病院循環器内科部長、睡眠時無呼吸センター長に就任。以後さくら会病院内科部長などを経て、2020年7月に「かい内科クリニック」を開設。

現在の仕事についた経緯は?

父親が歯科医師を開業していたこともあり、幼少時代から医療に対して親近感を持っており、また親戚にも医師が多かったため医師という仕事に対して興味を持ちました。小学生になってから、漫画ブラックジャックを愛読するようになり、その影響もあって、中学生の頃には将来は医師になろうという漠然とした気持ちが芽生えていました。その後、医学部に進学し、循環器救急に対して興味をひかれたため循環器内科医となりました。大学病院や地域の基幹病院で約30年にわたり仕事をしていましたが、地域医療への興味が徐々に芽生えるようになり、最終的には父親のイメージが残る開業医への道を歩むこととし開業に至りました。

仕事へのこだわり

新人時代から貫いてきたスタイルとしては、物事に対してじっくりコツコツと真面目に取り組むということです。研修医時代は、ひたすら指導医に学び、様々な技術を習得することに一生懸命に取り組んでいました。大学院に進学後は、日常臨床を継続するとともに様々な基礎研究を行い、色々な学会報告や論文発表を行うことができ、医学博士の学位も取得できました。大学院卒業後は、地域の総合病院で内科全般に渡り色々な知識を習得することに努力を惜しみませんでした。大学に戻ってからは、大学の講師兼医局長として、学生の教育、後輩医師の指導、日常診療、医局運営、研究などをコツコツとこなしていました。その後は地域の基幹病院で、それまでに培った技術を生かして診療に従事するとともに、睡眠時無呼吸症候群の診療を開始しセンター長に就任したり、人工呼吸器を装着された患者さんの呼吸管理のサポートを行うチームを立ち上げるなどの新しいことにも積極的にチャレンジしました。開業の意欲が芽生えてからは、脳神経外科主体の病院や血液透析主体の病院で内科部長として、それらの疾患の知識を学び、クリニック開業前には地域のクリニックに勤務して、クリニックでの診療について学びました。仕事の性格上、人の命が関わっているため、いい加減な診療に陥らないように、時々自分の診療姿勢を見直し、必要があれば修正するように気を付けています。また、現在は地域のかかりつけ医として、患者さんに親しみやすく、患者さんに寄り添った診療を行えるように気を付けるとともに、日々の医学の進歩に遅れないように勉強をするように心がけています。

そう思えるようになったきっかけ

医師になって大学病院の循環器内科に入局して、最初に配属されたのが救命救急センターでした。救命救急センターでは、急性心筋梗塞や急性大動脈解離などの命に直結する現場を毎日経験する事となり、真摯に診療を行うことの重要性を認識しました。救命救急センター勤務の終了後には、一般病棟での勤務となりましたが、その時に末期の肝臓がんの患者さんの入院主治医になることとなりました。家族は、末期になるまで診断が出来なかった外来主治医に立腹されていましたが、入院してから亡くなるまでの間、真摯に一生懸命診療をする事で最後には家族も感謝をしてくれ、外来主治医に対する怒りもなくなったのをみて、真面目に一生懸命診療をする事の大事さに気が付きました。それ以降も真摯に診療することの重要性を認識するような出来事を何度か経験し、仕事に対しては出来るだけ真摯に取り組もうという考えになりました。

今後の目標

これまでは大学病院において学生の教育や研修医の教育、臨床研究や基礎研究などを行い、基幹病院での診療部長として、後輩の育成や病院の経営・安全管理、専門に特化した診療などを主に行ってきましたが、今後は、今までに培ってきた経験と技術を生かして、地域の患者さんの良き「かかりつけ医」となることを第一の目標としています。将来的には、今よりも更に診療の幅を広げて、スタッフが一致団結して、より患者さんの役に立つクリニックを作っていければと思います。

※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。